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真光寺は 浄土真宗本願寺派 のお寺です

みじかな法話

浄土真宗本願寺派の僧侶、宇佐美嘉浩(法名釋嘉心)がみじかに起こったこと、感じたこと、思ったこと等
みじかくお話するコーナーです。みじかな法話(法話でないこともあります)
宇佐美 嘉浩(うさみよしひろ)真光寺衆徒 1968年広島県呉市出身 ダンスはおどれません。
人身(にんじん)受けがたし今すでに受く 仏法(ぶっぽう)聞きがたし今すでに聞く(礼讃文:三帰依文)

お彼岸(春)

 今年2021年も早いもので・・・もう3月です。暑さ寒さも彼岸まで!昔の人はよく言ったものですね!
太陽が真東から昇り、真西に沈むお中日、その前後三日間を含めた七日間がお彼岸です。
3/17(水)彼岸入り、3/20(土:春分の日)、3/23(火)までの七日間。太陽が沈む西、西方浄土を思い、先人の方々を偲ばせて頂きながら、この私の命(命あっての私)を、朝昼晩と当たり前の様にいただいている命、色々な命、この命をお尋ねさせて頂く、考えさせて頂く期間でもあるように思います。活動報告写真
人間に食べられる為に生まれてきた命なんてひとつもない中で
朝・昼・晩と沢山な命を頂いています。牛、豚、鳥、魚、お野菜など・・・そして、たったひとつのこの私の命を維持させて頂いている。ほんとうに有難いことであります。

 この私の命を振り返らせて頂きますと、父と母がいてくれたからです。その父母にも、それぞれに父と母、祖父母にあたります。
その祖父母方にも、それぞれに父と母がいてくれた。
この私から命の糸をつむいでいくと、2人が4人、4人が8人、8人が16人・・・。たった10代さかのぼるだけでも、1024人の方々が関係してくださっています。
 
 この1000人の中の誰かと誰かが出会わなかったり、誰かと誰かが結婚しなかったり、何か一つでも違う事があった時には、この私はこの世の中に存在しないことになります。父と母が同じでも、この私が生まれる確率は・・・。ものすごい想像を超えた確率です。この命は奇跡です。父と母はもちろん、祖父母、さらにはずうっと先にお浄土へ往生(往き生まれる)された方々へのご恩や感謝の気持ちがお味わいできるのではないでしょうか!?

 どうかお念仏もうしてくださいね・・・どうか私の名前を呼んでくださいね・・・必ずお浄土へと・・・さらには仏として救いとるからね!っといつも仏さまの方側から願って下さっています。
 お彼岸という仏教週間のご縁を通して、お寺へお参りし、納骨堂やお墓へお参りし、先人の方々を偲ばせて頂きながら、手をあわせお念仏申させて頂きながら、この私までの命のつながりに・・・・・。お味わいさせて頂きましょう!
称名 (2021年3月)
写真:筑紫野市立 二日市小学校の桜


ちる桜 残る桜も ちる桜

活動報告写真

 ラジオを聞きながら真光寺の事務作業をしていますと・・・某K局のSアナウンサーが・・・広島で本日、全国ではじめて桜の開花が発表されました・・・桜咲く・・・広島カープは今年優勝ですかね!?と。広島カープファンの私も少しホッコリしてしまいました・・・その翌日には福岡県で開花宣言・・・是非日本シリーズはホークスVSカープに!?・・・桜が一番に咲こうが咲くまいが、因果関係は何もないんですけどね(笑)

まだ3月上旬ですけど・・・。私が小学生、中学生の頃は入学式後に桜の木の下でクラス写真を撮ったものです。
最近は入学式の時はもう散ってしまって・・・一か月位早いですかね・・・。
 ご開山聖人(浄土真宗の開祖:親鸞聖人)は9歳の時にお得度式(僧侶になる)をされました。その時の出来事です。
とあるお寺(青蓮院)へその儀式を行うために訪れました。
が、そこの僧侶(慈鎮和尚)は、”もう今日は日も落ちてるし、もう遅いから儀式を行うのは明日にしましょう”・・・。
するとご開山聖人は ”明日ありと思う心の仇桜(あだざくら) 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは” と詠われました。
 当時もきれいなソメイヨシノの桜の花が咲いておったことでしょう、今はこうして綺麗に咲いておる桜の花びらですけれども、夜中に嵐がきて花びらも散って無くなるかもしれないのですよ・・・同じようにこの私の命も明日にはもうないかもしれないのですよ・・・。と

 この私も、当たり前の様に朝起きて・・・夜に寝る・・・そしてまた明日を迎える・・・当たり前の様な一日いちにちを送っています。心のどこかに当たり前に明日を迎えると思っています・・が・・翌朝目覚めることが・・ないかもしれない。今朝も目が覚め、朝を迎える事ができました。家族とも会う事が出来ました。・・朝ごはん(命)をを頂くことで、この私の命を維持することが出来ました・・・ほんとうに有難いことです。(有ることが難しい)
一日は有ることが難しいことの積み重ねです・・・ささいな友人との喧嘩・・・兄弟喧嘩・・夫婦喧嘩・・・国と国との争い・・・戦争なんてしている場合ではありません。
称名(2021年3月)
写真:桜の花


お寺の掲示板(3)

活動報告写真

 『お寺には掲示板があります。
たまたま通りかかったお寺の掲示板に貼りだされた、とある標語を読んでお味わいさせて頂いていますと、通りかかられたどこかのお爺ちゃまが、その標語を見られて・・・しばらくして・・・”なんのこっちゃ!?”と言われてそのまま去って行かれたのです。
 それ以来、いろんな所で色々な標語を見るたびに、その時の光景とそのお爺ちゃまの”なんのこっちゃ!?”というセリフが頭を駆け巡るのです。(涙)』

 とあるお寺の掲示板の標語です。
”親しい人の死は悲しい しかしそこから何も学ばなかったら もっと悲しい”
 

 辛くて悲しい事ですが、この世に生を受けさせて頂きますと、必ずこの世のご縁尽きる時がやって来ます。私もあなたも・・・。
頭では誰でも知ってる、わかってる事ですが、いざ自分がその立場に置かれますと、なかなか心がついて来ません。

 人間死んだらしまいよ!人間死んだら終わりよ!と言う方もいらっしゃいます。その様に言われる方は、そうなんでしょうね!なんとむなしい人生だなあと思いますね。

 私たちの拠り所の一つ”仏説阿弥陀経”の中に”倶会一処”(くえいっしょ)と出てまいります。
ひとつのところでまたあえる、つまりはお浄土でまた会えると説かれています。本願(阿弥陀さまの本当の願い)におまかせし、お念仏申させていただく私たちは、死んで終わる様な、そんなむなしい人生を生きているのではありません。お浄土へ生まれ往く(うまれゆく)人生を私(仏さま)と一緒に生きているのですよ!と教えてくださいます。

 往生された方が、自らの生命を通して教えて下さった・・・真実に・・・葬儀というご縁・・・このご縁で、この私がお念仏に出会わせて頂いて、仏さまに出会わさせて頂いています。お浄土へ仏として生まれ往くことが・・・決定した人生を・・・仏さまと一緒に歩ませて頂きたいものです。 
称名(2021年3月)
写真:筑紫野市 天拝通りの桜


過去のみじかな法話 2020年7月号
過去のみじかな法話 2020年9月号
過去のみじかな法話 2020年10月号
過去のみじかな法話 2020年12月号
過去のみじかな法話 2021年2月号
過去のみじかな法話 2021年4月号
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過去のみじかな法話 2021年9月号
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過去のみじかな法話 2022年7月号







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